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MONTHLY CHIT CHAT
JUNE 2011
DJ ASEBE aka OLD NICK


Photo:Tsutomo Ono Interview & Test:eypher

木更津のご出身ということなのですが、ヒップホップとの出会いは?

<DJ HASEBE(以下、H)>87〜88’頃の高校生のころにバンドやっていて、地元の、パブを改造したようなディスコで昼間に場所を借りて練習してたんですよね。で、夜はディスコでオーナーが音楽かけてましたから、そこでRun DMCとかBeastie Boysとか、ロックの延長線にありそうなものを聴いたのが初めてで、こういうのをやっていったら面白いんじゃないかな?と思ってのめり込みましたね。

それでバンドの方向性がHip Hopに?

<H>いや、全然(笑)。バンドはBOØWYとかBARBEE BOYSとか、そういうののコピーバンドでしたから。もともと聴いていたのも洋楽なんか全然なくて、シーナ&ロケッツとか聴いていたんです。バンドはそのうちフェードアウトしていって、ディスコで皿洗いとかしながらダンスもかじったりして、そこでかかる洋楽に触れてちょこちょこ集めるようになった感じですね。

皿洗いですか。

<H>高校の頃はそうですね。それで卒業した後はちょうどバブルの頃で、車欲しいし、お金が必要だということで就職しようと思って、ゴルフ会員権の営業の仕事をやり始めて…で、半年でバブル崩壊(笑)。そこで初めて、なんか好きなことを仕事にしたいな、と思って。ヒップホップが好きだったしレコードも多少持っていて、周りにはハウスのDJはいましたけどヒップホップのDJはいなかったんで、ターンテーブルをローンで買って、という感じで始めましたね。


それで、木更津のディスコでまずは?

<H>そうですね、いくつかディスコぽいところでやらせてもらっていました。それが90年頃だったんですが、たまたま知り合いが芝浦のGOLDでイベントをやっていたんですよね。それでDJやらせてもらったのが東京での初めてのプレイでした。

いきなりGOLDでプレイできたというのは転機ではなかったですか?

いや、木更津周辺はそういうクラブがない中、好きな人たちが集まって定期的にGOLDとかでやっていただけですよ。

GOLDはその当時から大盛況だったんでしょうか?

<H>やっぱりShelter(Timmy Regisfordがレジデントを務めるNYのクラブ)とかのハウスの流れあり、バブルの流れありで盛り上がっていたんじゃないですかね。入り口にゾウいましたし(笑)。

あそこは屋上で非公式の格闘技大会が行われていた、なんて噂もありましたが。

<H>どうなんでしょうね。あの頃はそんなことがあってもおかしくはないでしょうけど、自分はまだペーペーだったから(笑)

GOLDでやられたことがきっかけで、CISCOのミックステープ“DJ HASEBE #1”と、つながったんでしょうか。

<H>いや、それまでの間に少しブランクがありますね。東京に出て来たのが22歳のときで、こっちでバイトしながらDJやる、というのが2年間くらいあって。西麻布のほうの店でハコDJみたいなこともやっていました。そこから95年頃に入り、さんぴんキャンプの盛り上がりがあって、ちょうど日本語ラップのブームがきたあたりで、ムロ君のミックステープが出たり、そんな頃にCISCOからミックステープのオファーもらったんです。ちょうど日本語ラップのレコードが売れ始めたような流れでしたね。

「アイスピック」(DJ HASEBE初プロデュース曲)買った記憶があります。

<H>はは、そうですか。ちょうどその頃からですね、シーン的にも皆がメシを食え始めたというか。自分もそのあたりから溜まっていた家賃も払えて、みたいな(笑)。当時のミックステープといえば、ムロ君はネタモノ(クラシックス)で、KENSEI君は日本語ラップとかオールドスクールのミックスやっていて、でもリリース前のプロモ版の洋楽のミックスを作る(Hip Hopが盛んなアメリカではHip Hopのラジオが一日中流れており、例えばHot 97 FMのMister Ceeなんかが流すプロモ版をチェックして視聴者はプロモ/新譜を買いに走るわけだが、日本では当時そのような目立ったラジオは存在せず、新譜のチェックはDJ HASEBE等のような目当てのDJのテープを買って予習する向きが強かった)、というのはおそらく僕が早めにやっていた方だったと思うんですよね。


プロデュースにまわるきっかけになったのは何でしたか?

<H>Pete Rock(Pete Rock&C.L. Smooth)が自分のジャケットとかMTVのインタビューで自宅を公開して、SP-1200(1987年にE-MU社が発売したシーケンス機能付きドラムマシン)とAKAIのS950(AKAI社が1988年に発売したサンプラー)が映された頃に、皆こぞって買いだした感じが当時あって。それに単純に乗っかった、というのはあります(笑)。

影響を受けたアーティストは?

<H>やっぱり音楽としては19、20歳頃に聴いたRun DMC, Beastie Boys,あとはNative Tongue(80年代後半、ライブでの競演をきっかけに、Jungle Brothers、Dela Soul、A Tribe Called Questの3グループでJazzサンプリングをネタにラップするセッション/グループを結成した)大好きでしたね。あとは92年頃のゴールデン・エラ(黄金期)の、Pete Rock、DJ Premierとか、ですかね。93年以降のジャズ・ネタのロービートも、あれはあれで男臭くて格好いいんですけど、New Schoolのエラの曲の派手さ、パーティ感というのが好きなんですよね。あとは89年あたりのイタロ・ハウス(80年代後半に生まれたイタロ・ディスコとハウスの融合サウンド)とかヒップ・ハウス(80年代後半のシカゴハウスの流れの一つにあった、ハウス×ラップのイナタイ・サウンド)とか、ああいったチャラい感じも実は嫌いじゃないんですよ。今のエレクトロのネタになっているような。一見、アホみたいな感じ。

DJとして、プロデューサー両方の面でご活躍されているわけですが、両者をどのようにバランス取っていますか?

<H>自分の場合は同列ですね。ダンスミュージックの中で自分らしいものをチョイスしてプレイして、その中でどうしてもハマらない部分、足りない要素を自分で作りたいんです。で、それをプレイしてみてフロアで感じたことをまた作って、みたいなことを繰り返して行きたい。

プロモ版のミックステープから日本語ラップのプロデュース、その後に歌手を起用してR&Bのプロデュース等、HASEBEさんの今までの活動の流れを見ると、その時々でまだ他が手をつけていない部分に手を伸ばす、マーケティング的なセンスを感じるのですが、そこは意識してやっていましたか?

<H>セールスプロモーション的な感覚というか、そういうものは早い頃からすごく意識していた気がしますね。自分でアイデアを出してそれを形にすること、それを実現するのにどういう人間と繋がってどういう風に落とし込んでいくのか、というようなことはシビアに考えていないとDJ業界では成立しないんじゃないかと思うんです。

ミクロコスモスでのパーティはどんなコンセプトでしょう?

<H>仕事で呼ばれるハコでのDJは目の前のお客さんをドカンと上げなきゃいけないですけど、自分のパーティ(microcosmosにて”Home Disco Light”毎月第三金曜日開催)をやる場所として選んだここは、はっきり言ってマスターベーション=自分のかけたい曲、ヒップホップ、R&Bは中心でありつつも、アブストラクトやブレイクビーツ等の幅広いものから好きなものしかかけない、というのをやっていきたいです。

アナログの時代から今のデジタルに移行した両面を知るHASEBEさんから、今の若いDJたちに何か一言あれば、是非。

<H>そうですね…。今は大きいハコになればなるほどお客さんは一般層だし、自ずとそういう場所でかける音楽が決まってきていて、クラブDJのスタイルというのも決まってきている感じがありますよね。そういう意味で、個性が出しづらい。でも、あえてそこを崩していったりする方向を探していってもいいんじゃないかな、と思いますね。



DJ HASEBE
DJ/サウンド・プロデューサー、OLD NICKことDJ HASEBE。1998年に『adore』をリリースし、その名を世に広める。2000年にフルアルバム『Hey World』をリリース。翌年にはヨーロッパ数カ国でも発売され話題に。2002年の作品『Tail of Old Nick』より、「OLD NICK」という新名義でブラック・ミュージックという垣根を越えた活動も開始。最近では洋楽カバー・アルバム『VERY DELICIOUS』のリリースや、BENI、COMA-CHI、Arrested Development、Mya、清水翔太などのリミックを手がけ、「龍が如く 4 伝説を継ぐもの」のテーマソングとしてリリースされたZeebra名義の話題作「Butterfly City Feat.RYO the SKYWALKER, Mummy-D&DOUBLE」やRHYMESTERの「POP LIFE」収録「Just Do It!」のプロデュースを手がける。去年DJ活動20周年を記念して発売された自身のワークス集「SOMETHING WONDERFUL」に収録されている「Last Vacation feat. RYO-Z.PES(from RIP SLYME)& JUJU」はiTunes HIPHOPチャート1位、総合でも4位を獲得。話題の一枚に。

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